
株式会社 日立産機システム
省力システム事業部(多賀事業所)
インフラシステム統括本部
多賀事業所長
川崎博之
1本の論文とチャレンジ精神から始まった開発ストーリー
日立産機システム 多賀事業所(当時は日立製作所 多賀工場-※1)においてIJプリンタの開発・生産が始まったのは、1973年頃。大手清涼飲料メーカーからの打診がきっかけです。発端は、「日立評論」※2に掲載されたIJプリンタに関する論文を、飲料メーカーの担当者が目にとめたからだと記録されています。依頼の理由は、缶の材質を鉄からアルミニウムに変更したいが表面が湾曲するので、従来の捺印機(スタンパー)では対応が難しいことと、米国メーカー製の非接触プリンタでは印字品質や信頼性に問題があるから、というものでした。
この依頼を受け、技術開発を担ったのが多賀事業所でした。世の中にない最新の家電製品やOA機器などを次々と生み出すチャレンジ精神に満ちた工場として自他ともに認めていたからです。しかし、先行する米国メーカーから特許使用権を得たものの、技術移転を受けずに開発を進めたため、すべての工程が試行錯誤の連続でした。しかし開発開始からわずか2年後の1975年末に国産第1号機となる「DP型」(日付印字専用)が誕生し、直ちにお客さまの印字ラインに導入されました。この1台の成功を機に技術開発が加速し、食品、化粧品、薬品などの市場にもIJプリンタが投入され、多賀事業所はIJプリンタ業界で広く知られるまでに発展しました。
※1 2002年日立製作所から独立、2005年日立産機システム 多賀事業所発足
※2 創刊は日立製作所の創業から8年後の1918年。日本の製造業最初の定期刊行物として誕生

1977~1997年に生産された初期のJP-625
〈本体〉H2010×W900×D400mm〈印字ヘッド全体〉H1330×W700×D500mm

JP-625の操作パネル、同 内部のインク循環部、同 印字ヘッド(左より)
市場の拡大を支えた多彩なインクの開発と印字品質の進化
IJプリンタの活用分野が広がるとともに、容器の材質が多様化していきました。アルミニウム以外の金属製容器やガラスボトル、紙製や樹脂製の容器などに印字したいというニーズに応え、お客さまごとに異なる材質に対応したインクの開発が進められました。一方、IJプリンタ本体は、1980年代後半に開発された「FX型」において大きな飛躍を見せました。「DP型」や「JP型」は成人よりはるかに大きな装置でしたが、「FX型」は3分の1ほどになり、コスト低減もあって生産台数は大きく伸びました。さらに印字を制御するソフトウェアの性能向上のために、それまでの8ビットマイコンに代わり、16ビットマイコンを導入し、印字品質の向上と漢字の印字を可能としました。
画期的な自動洗浄機能と本格的なグローバル展開
1990年代前半には、「GX型」の開発を通じて、大きな技術的飛躍をもたらしました。印字ヘッド内のノズルのインク詰まりをなくすために、ノズルを自動洗浄できる画期的な機能を実現。さらに「HX型」を経て「KX型」ではさらなる小型化を実現。その後開発された「PX型」では、ノズル精密加工技術の確立と検査工程でのインクレス化により、グローバル展開を本格化しました。この急速な進化の背景には、お客さまをサポートしつつ、そのニーズを開発に反映させたサービスエンジニアの存在がありました。
現在、IJプリンタは110ヵ国以上で活躍しています。今後のさらなるグローバル展開に向けて、当社が強みとするOTとITの連携により、スマートファクトリーの中核デバイスとして進化させていきたいと考えています。


世界のマーキングシーンで存在感を高める
日立の産業用IJプリンタ
グローバル市場で認められたIJプリンタの進化は、多賀事業所に集結したプリンタ本体、制御用ソフトウェア、多種多彩なインクの開発を支える開発者たちのシナジーによって支えられています。
株式会社 日立産機システム 省力システム事業部(多賀事業所)
マーキングシステム設計部
■ 前田 彬(あきら)(左)
MS開発グループ 主任技師
■ 邱 安 (きゅう あん)(中)
プラットフォームソフト開発グループ 主任技師
■ 五十嵐綾香 (右)
IJPインクグループ 技師
さまざまな産業分野のニーズの拡大とともに生まれた新たな技術
前田 1975年に国産第1号機となるIJプリンタ「DP型」が誕生してから、50年。現在、当社のIJプリンタの代表モデルであるGravis UX2 Seriesの開発において、私は、プリンタ本体の筐体設計を担当し、現在はそのアップデートなどを手がけています。一世代前の「PX型」を経て2010年代にGravis Seriesが登場してから、ノズル自動洗浄機能や高速印字機能、オペレーターを溶剤の暴露から守る機能、防塵防水機能、直感的な操作を実現するユーザーインターフェースなどが進化したことで、世界のお客さまのご信頼を得て、国内ではトップシェア、海外でも高いシェアを獲得するまでに成長しました。近年は、超高速印字モデルや多段印字モデルなど、多様なニーズに対応した拡張モデルを展開することで、新たなお客さまのご期待や、印字現場におけるニーズの高度化にもお応えすることができていると考えています。

最新機種UX2の特長について説明する前田
Gravis UX Seriesでは、インク補充時の安全性と効率性を高めるために、直接インクを注ぐ方式から簡単に着脱することができるカートリッジ式を導入したことも特長の一つです。またツインノズル(印字ヘッドの中に2つのノズルを搭載)モデルでは、64ドットの大文字印字と2倍速の高速印字を可能とすることができました。高速印字の機能は電線・ケーブルメーカーのお客さまに貢献することができました。この分野ではIJプリンタへの一層のニーズ拡大が期待されています。

ツインノズル(※図はイメージです)
印字品質、使いやすさを進化させたソフトウェア
河野 プリンタ本体の進化に加え、印字や操作画面を制御するソフトウェアも進化しました。ソフトウェア開発におけるGravis UX2 Seriesでの一番の成果は、ソフトウェアを走らせるOSを、世界で広く使われている汎用性の高いものに切り替えたことでソフトウェアの開発とメンテナンスが容易となり、参画する設計者の間口を海外にも広げることもできました。

株式会社 日立産機システム
省力システム事業部(多賀事業所)
戦略企画部 MS企画グループ 部長代理 河野 貴
邱 当社が最初に開発した「DP型」には、印字を制御するソフトウェアは搭載していませんでした。1979年に開発された「P型」に初めて8ビットマイコンが搭載され、その後「FX型」で16ビットマイコンが搭載されました。印字を制御するソフトウェアが必要とされるようになったのは、印字する文字をカレンダーや生産計画などに応じて自動的に変えたいというニーズや、お客さまの生産ラインがより高速化してきたという背景がありますね。
河野 印字だけではなく、インクをスムーズに循環させる機構を制御するためのソフトウェアも進化しています。この面でもマイコンとOS、ソフトウェアが必要です。さらにIJプリンタを操作するためのタッチパネル式のコントローラーにも専用のマイコンとソフトウェアが搭載されています。
邱 インクを循環させるための電磁弁の開け閉めには精密な制御が必要です。また印字する場面でも、微細なインクのドット一つひとつに、どういうタイミングで何ボルトの電圧を帯電させるかという制御もソフトウェアの仕事です。
振り返れば、IJプリンタが誕生した当初はある固定の文字列を打てれば良かったところから、カウンターやカレンダーを自動で切り替えて印字したい、さらに2次元コードを印字したいと、お客さまの高度なニーズが多様化してきました。さらに高速印字の場合、文字の判読性が落ちないようにしたい、といった高度なニーズにもお応えするなど、お客さまの生産現場や印字環境に応じて、プリンタ本体、インク、ソフトウェアが進化してきました。

最新機種UX2のソフト開発について説明する邱
印字品質の高度化と、
印字対象の材質の多様化に対応したインク開発
五十嵐 当社のIJプリンタが世界的にご信頼を得ている背景には、初期の汎用性の高いインクの開発にはじまり、その後、印字対象となる材質や用途の多様化にスピーディにお応えし、お客さまに新たなインクをつねにお届けしてきたという実績があります。近年は、高付着性インク、速乾性インク、紫外線硬化インク、有機則非該当インク、耐アルコール性インク、カラーインクなど、豊富なバリエーションを揃え、食品、化粧品、薬品といった市場にも対応してきました。
現在、印字できる材質は、アルミニウムをはじめ、さまざまな金属、ガラス、PP(ポリプロピレン)、PE(ポリエチレン)、PET(ポリエチレンテレフタレート)などのプラスチック類、レトルトパウチ、電子部品など、幅広い産業分野で使われる材質に広がっています。

電線・ケーブルの印字サンプル

PETボトルキャップ、缶への印字サンプル
前田 IJプリンタは本体、インク、ソフトウェアが一体化することで初めて機能することができるものです。当社の多賀事業所には、この3つの開発チームが、いつでも直接顔を合わせて議論できる強みがありますね。人材交流の面でも、インクを開発していたスタッフがプリンタ本体の開発チームや内部の機能部品の開発に関わっています。インク開発のスタッフは、プリンタ本体を開発する私たちから見ると、完成したIJプリンタに最初に触れるお客さまのような存在です。IJプリンタの良し悪しを、さまざまなインクを使うことで分かっている人が、プリンタ開発に関わっているので、そのシナジー効果は計り知れないのではないでしょうか。加えて、多賀事業所ではIJプリンタ開発と製造部門が一体化しているので、モノづくりにおいても大きなアドバンテージがあると思います。
さらに、IJプリンタとともに、印字検査装置もワンルーフのもと開発していることも強みです。
五十嵐 インクの機能で大切なのは、印字品質に加え、付着性です。印字された時は文字がきれいでも、商品のトレーサビリティの管理の途中でこすれたりして読み取りにくくなっては困ります。インクは黒、白、赤、青、緑、黄色などの色や性能によって、それぞれ使われる材料が異なっていますが、どんな組成のインクでも、付着性を高める研究に大きなエフォートを割いています。

インク開発の課題点を説明する五十嵐
河野 インク開発において、印字試験はとても重要ですね。
五十嵐 インクの種類は70種類以上あり、付着性はそれぞれ違います。お客さまの印字対象がPETなら、当然、PETを使って試験を行います。お客さまのニーズに合わせてインクの組成を開発するとともに、プリンタ本体の開発チームと協力してインクを調整して仕上げていきます。新しいインクを開発した場合、長時間稼働時の性能安定性や安全性の基準をクリアできるか、お客さまのご要望通りにきれいに印字できるかどうかなど、すべてのポイントを多賀事業所で試験ができる体制、設備が整っています。
また、インク開発を推進するうえでもう一つ重要な課題が、国内外の関連する法令や規則を正確に知り、IJプリンタやインクを世界各国に輸出するための情報基盤の整備です。インクは溶剤をはじめさまざまな化学物質を使って生産するので、EUや米国、中国、アジア各国などの化学物質の取り扱いのルールや最新の動向を正確に把握し、開発や試験、輸出手続きなどに反映することも私たちの大切な仕事です。
次世代のIJプリンタは、
「つながる」機能を活かしたサステナブルモデル
邱 次世代モデルを想定して、設備監視サービス「FitLive」やIoT、AIを活用してIJプリンタを監視しつつ、お客さまの上位の生産システムとの統合を実現するためのシステム開発を目指していきたいですね。
河野 プリンタを制御するソフトウェアは、あらゆる印字ニーズにスピーディに対応できるような開発力が求められていると思います。また国内だけではなく、今後のグローバル展開を見据えると、海外拠点に独自の開発力があればさらなる強みになる、と考えています。

米国(ノースカロライナ州)のインク開発・製造拠点
五十嵐 インクは、2015年に米国・ノースカロライナ州にインク開発・製造施設(インクラボ)を開設しました。今後はさらに世界的に環境規制が厳しくなっていくと考えられますので、米国のインクラボを含めた国内外関係各所と協力し、環境配慮型インクの開発・生産をスピーディかつグローバルに進めていくことが求められると思います。私も、人と環境に優しいインクの開発・生産に貢献したいと願っています。
前田 これからは資源の枯渇にも対応するために、少ない機種で多様な印字ニーズに対応できるIJプリンタを開発することがサステナブルな社会づくりに貢献すると考えています。ソフトウェア開発チームとともに、新たな開発コンセプトを追求していきます。最近のIJプリンタは、すでに「FitLive」を介して、サービスを提供している国内では、ほぼすべてのお客さまとつながっています。この機能を活用するとともに、センシング機能を高めることで、お客さまとの距離をさらに縮め、新製品の開発に活かしていきたいです。
邱 IJプリンタを単なる印字機能だけではなく、お客さまの現場のより高度な自動化に貢献できるようなシステムの核にしていくことをめざしていきます。
河野 当社では、お客さまの現場のフロントワーカーに対して作業の自動化や負担軽減などのサポートや、環境負荷の低減に貢献する製品づくりに力を入れています。グローバルな視点からは、それぞれ異なる国や地域に合った使いやすいIJプリンタの開発に貢献したいですね。また、お客さまにさらに安心していただける供給体制の構築も、私たちの使命だと捉え、次世代のIJプリンタを開発し、お届けしていきたいと思います。

筐体の成形工程

樹脂パーツの成形工程

印字品質の検査工程

きれいな印字をめざし厳しくチェック

最終検査工程


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( vol.145・2026年3月掲載 )






